2017年9月2日

バッハを弾き終えて

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バッハのフランス組曲アルモンドについて、このように述べようと思っていた。人生の序章、これから始まると言わんばかりの高揚感。小川のような流れのある調べ。すべてこの美濃での生活を象徴するかのようである。それでいて、1曲の中に、いきようようとしたやる気、期待、ちょっとしたつまづき、やり直し、仕切り直し、問題の発生、困難、挑戦、挑戦、忍耐、忍耐からの夜明け、一旦来る許し、変容、変容から、いきなり天使の世界へ。目に見えない世界は、この目に見える世界の大元で物質界はただ単に生き写しに過ぎない。天空で何が起こっているか。そこにもドラマがあって、かつそこには許ししかないという事実、許し、許し、最後においては許しだけになるという、まさに人生と、死んでからの人生みたいなものがたった短い1曲に詰まっている。弾き方は、まるでできないけれど、グレン・グールドみたいにはやく(本当はスタッカートだらけで弾いてみたかった!)弾いたほうがノれることが本番前々日にわかって挑戦だっだけれど、できる限り早く弾いた。そもそもピアノを習い直そうと決めたのは、岐阜でN響の演奏&チャイコフスキーのピアノコンチェルトを聴いたことがきっかけだった。あの時わたしは、死んだばかりの母とはっきり対話をした。具体的な助言まで降りてきた。音楽というのは、天につながる通路をいとも簡単につくるのだと驚愕した。今回発表会でバッハを弾いたら、やはり、母を思い出した人が会場におり、少しは成功したといえるのだろうか。なお、先生と連弾したエリック・サティのピカデリーは、焼肉屋さんでじゅうじゅう何かを焼いているかのような、もうもう煙が立つような演奏だった。会場となった夕暮れの美濃保育園も最高だった。わたしにピアノがあってよかったです。

2017年6月14日

バッハフランス組曲中毒

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この歳になって発表会なるものに出演することになるとは誰が想像しただろうか? 先生は春に、「みれいさんにはバッハがいいと思う」といった。わたしもそれがいいと思った。バッハは、どの作曲家とも違う陶酔感、高揚感、無に至る感じがすごい。自動演奏みたいになってくる。天と地と私だけになる。バッハの中でフランス組曲からある曲を選んだ。練習しはじめたら、もう止まらない。すぐに続けたくなってしまって何度も何度も何度も何度もアホみたいにループしてしまう。練習が練習でなくなってただもう指が止まらない。赤い靴はいた少女状態。くるくると踊らされる。それだけではない。朝起きれば起きた瞬間から昨夜練習したフレーズが頭で鳴り続ける。歩いていても食べていてもフランス組曲。寝て覚めてもフランス組曲。左手の音の流れ、主なメロディライン、そして中間のラインの音たち……。バッハ、一体、アンタ、どうなってんだ⁉︎ 人生のはじまり、高揚、事件、落胆、許し、何もかもが音符にのっている。そこに自分自身が入り込むと陶酔となる。これはもはや麻薬である。依存症である。フランス組曲中毒である。猫は私が心配になったのか、バッハを弾きはじめると必ず、傍らで黙って番をするようになった。発表会は、岐阜にて、夏の夜に小学生を中心にとり行われる。

2017年5月19日

わたしの黄金週間

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土を耕す、苗を植える、種をまく、たけのこ掘り、わらび採取、ジェフ・バックリー大音量でたけのこの下茹で、わらびも下茹で、米ぬか、木灰、唐辛子すべて自家製とわかりひとりほくそ笑む、iaiの服はひとつの事件である、わたしたちは事件の目撃者である、革命はもう起こってしまった、山菜の天ぷら、傷跡はもう少しで消えそう、川辺でよもぎ採り、暑い、帽子の中によもぎを入れる、山へ移動、すでにふらふらだし、倍音のうぐいすによるねぎらい、一体どれだけの太い声なんだ、たけのこが見つかる、父に報告、父Kトラで向かう、父掘る、3つあった、よもぎを水洗い、それをはらう時によもぎシャワーになる、よもぎシャワーを顔に浴びる、ツバメ、ツバメ、ツバメ、セリを水辺に見つけた、セリが本物のセリか隣のおばあちゃんに確認、本物だった、エンドウをいただく、へびいちご採取、へびいちごのチンキづくり、ドクダミの若い葉採取、ドクダミのチンキづくり、キハダと甘草の焼酎漬けづくり、エゴマのしょうゆ漬けづくり、種をまく、水をやる、暑い、振り返ればアスパラガス、ディルとコリアンダーはいつだって風に揺れている、増山たづ子写真集見て泣きながら眠る、徳山村はうつくしかった、徳山村の人々も、バッハ、フランス組曲ドイツ風に、突然の悲劇それが人生だ、しかしいつしか夜明けもやって来るそれも人生だ、グレン・グールドはなぜ右手と左手を独立して弾けたのか、右手と左手がいつの間にかお互いを依存しあい境界線がなくなってしまう、バッハを弾く右手と左手にこそみの虫革命を、美食家の玄米リゾットは独立の味、おにぎりは3種握る、田んぼの畦を見守る、カエルはいつだって逃げる、自生のイタリアンパセリとコリアンダー発見、自生のディルは大量に、立ち話、立ち話、立ち話、立ち話、立ち話、近所の駐車場ではイチゴが自生、どうなってんだ?(北の国からで木谷涼子先生に純が言うような発音で)、種まきの上には藁を敷く、お茶っぱの採取法とモミモミ法を明日90歳の隣人から教わることになった、次のことをみんな考えてるね、塩むすびがいちばんおいしいことの秘密は果たして加齢なのか、近所のおばあさんにディルをプレゼントした夜、永遠に続きそうだわこの黄金週間

2017年2月20日

詩|誰だって勢いよく神でしょう

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神は外側にいるのではない

神はわたしの内にある

内にあって輝いている

わたしがそのことを忘れているときでさえ

 

サックスのブー

トランペットのパオー

ギターにどれだけエフェクターつけたって

神はいる

そこかしこに  空気の粒子のツブツブに

時にプンクトゥムかのごとく

投げられた武闘家の背中(せな)にも

 

雨でもない

かといって雪でもない

空から光が舞い降りる中(なんと山あいの町では光が降る日があるのだ!)

ピアノ教室へとうつむいて歩きながら

我が世の神を悟る

誰だって勢いよく神である と

誰だって勢いよく神である と たびたび

2017年2月15日

納得して生きる

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どん底を知った人は、本当に陽気だし、

極めて厳しい世界を覗き込んだことのある人は、どこまでもやさしいと思う。

何のために生きるのか、よくわからないけれど、

でも生きるならば、いろいろなことに納得して生きていたいな。

 

 

こないだピアノの教室で

バルトークのミクロコスモスの何番かを弾いてパッと先生を見上げたら、

少し涙ぐんで「アマチュアの人の演奏は、

時にすごくいいものがある」と言った(先生はすごくよく感動する)。

「どうしてですか」とたずねたら、

プロのようにテクニックに走らず、

また大勢の人にウケようと思っていないところ、

誰か一人だけに聴かせようとするような演奏が、

時にすごく感動的になることがあるという。

その日のバルトークは特に自分では

うまくいったような気がしなかった。

やっとこさ、1曲弾いた。

でも、バルトークのミクロコスモスを弾くのは本当に好き。

メロディラインが今っぽいし、自分がのっていく感じがある。音の中に入るというか。

わたしは、先生に、

「わたしはピアノを誰のためにも弾いていない。

わたしはわたしのために弾いている。観客はわたし一人だ」と言った。

後から振り返ってみたら、ずいぶんとかっこいいこといったものだけれど、本当だ。

仕事は、どこか人のためにやっているところがある。

人を喜ばせようとする気持ちがある。

でも、ピアノは違う。自分のためだけに弾いている。

自分だけの喜びのために。

自分が自分という存在を納得する、

そういう瞬間のために。

 

2017年2月4日

2017年

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ま あたらしい時代がやってきた

かるくて ひょいひょいしてる

きらきらと ひろがっている

みんなが ひとつであるひみつも

かくも かんたんに あけてしまった

 

おもいもよらない あい

そうぞうもしなかった せかい

うつくしい 以上の うつくしさ

おもいが そのまま かたちに  な る よ

ラットレースから いよいよぬけだす

 

もう どこへ だって いける

なににだって なれる さ

 

そうだ わたしたち

バルトークの

土埃香る 白い 音符

あの音階となって生きる

 

まっ白く

かぐわしい

あの音楽

そのものとなって

 

句読点は もう いらない

 

『まぁまぁマガジン 22』 2017年|服部みれい より

 

 

このページ、昨年の夏の終わりごろからまったく更新してなくてごめんなさい。

どうしてだろうと思い、振り返ったら、9月から猛烈に忙しくなっていたのでした。

(遠い目しちゃう)

考えたら大変だったワ、わたし。ものすごい量の仕事が降ってきてました。

でも、12月1月とよくお休みして、今はもう通常営業です。

たくさん学びました。たくさんあたらしい体験をしました。

知らないこといっぱいです。

今年はこのページ、もう少しハイペースでアップしてけたらと思っています。

心境の変化がたくさんあるからです。

 

愛を込めて、みなさまへ

 

立春 の日差しの中で

みれいより

 

 

 

2016年8月29日

ピアノはピアノできいてください

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最後にクラシックのコンサートに行ったのは、何年も前のある秋のことだった。その頃のわたしは、極秘にある人の介護をしていた。重病人の介護プレイ。精神的にも肉体的にも追い詰められていくわたしを見かねて、友人のえのちゃんがチケットをとってくれてわたしを誘い出してくれたのだ。小澤征爾さん指揮の何か。オーケストラもプログラムも覚えていない。でもえのちゃんのやさしさ、青年気質溢れる音のシャワー、サントリーホールのほんわりとしたシックな雰囲気に、ただただ脱力した。昨日は父が誘い出してくれた。岐阜にN響がやって来たのだ。1曲めは、スメタナの「売られた花嫁」(序曲)。 泣けた。曲に乗せて、亡くなった母がすぐさま登場したから。「いつも見守っているよ」というメッセージとがわたしを実際に包んだ。おまけに極めて具体的な忠告まであった。2曲めは、児玉桃さんを迎えてのグリーグピアノ協奏曲。最後にドボルザークのアメリカへ行く前の最後の交響曲(第8番)。こころの中で死者たちと交流し(音楽はしかるべき周波数に導くものなのか?)、情熱的な音の珠々に、ふだんクラシックになじみのない者でも存分に楽しめた。このコンサートの間に、わたしは決意した。わたしはピアノを習うことに決めた。30年ぶりに。つい今しがた歩いてすぐの友人かつ仕事仲間であるピアノの先生に、習いますといってきた。緊張した。だって、いよいよわたしは子どもに戻っていくのだと思うから。時空を超えるのだから。

2016年5月24日

詩についてかんがえてばかりいる

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2日と半分のフェスが終って、何をしていたかと思い出すと、詩についてかんがえてばかりいたと思う。だいたいフェスの2日前に、京都ホホホ座の山下賢二さんからご自身の詩集『シティボーイは田舎モノの合言葉』が送られてきたのがはじまりだった。この詩集をもってわたしはフェスにのぞんだ。フェスには、なんと山下さんご本人もいらして(びっくりした)、山下さんをつかまえては、「詩! 詩! 詩!」と詩まくりにし、詩の朗読を我々は(我々は?)どうやっていったらいいのかという論議をフリースタイルバトルなみのヴァイブスでまくしたて、福太郎さんに「みれいさん、暑苦しい」と真顔でいわれさらに火がつき、ホホホ座のブースに本を買うふりをしてはまた訪れ、詩の話をし、詩の朗読について語り合い、詩集を買う、などしたのだった。日曜日には詩を聴衆の面前で朗読した。前日のIrish Musicのライブ(今年はJhon Jhon Festival)を聴いてそれを詩にするというスタイルをとった。Irish Musicを聴かないとつくることができない詩。去年つくった詩よりも、直前につくった半ば即興のこの詩のほうがウケた。なぜかしら。詩情はフリースタイルバトルかツイッターうもれてしまったなどと山下さんには嘯いたが、否、嘘だ、詩情はそこかしこに確かにある。詩が必要とされる時代は、決していい時代じゃないのかもしれないけれど、でも、時代がどうとかはどうでもいいんだ、詩は根源的な存在であるにちがいなく、この根源的なヴァイブス? 否、根源的な純な衝動に、わたしたちは、いよいよ手をのばし、生々しく素手で掴もうとしている。芸能ではない詩に。

 

 

〈セント・ルイス・ブルース〉を演ってくれ

死んだら ぼくのために。

すばらしい 音楽が 欲しいんだ

あそこ 空の高みでは。

 

〈セント・ジェームス インファーマリ〉を歌ってくれ

ぼくを 埋めるときには―—

何故って そこいらで ぼくみたいに いい奴が

置いてきぼりに されることはない。

 

 

「鎮魂歌へのリクエスト」

『ラングストン・ヒューズ詩集』

(ラングストン・ヒューズ=著 木島始=訳 思潮社=刊)

より抜粋

2016年2月26日

スーホの白い馬

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どういう経緯でそうなったのかよく覚えていないが、ある夜、小2の男子とねっころがって話をしていたのだった。「馬頭琴ってしっとる?」というから「しっとるよ」といったら、流れでスーホの白い馬の話になった。「その話、教科書で読んだかも。でも話おぼえとらん」といったら、小2男子が、それはそれはていねいに、順を追ってストーリーを話してくれた。白い馬が馬頭琴に生まれ変わったところで、わたしは「思い出した!」といった。なんでも山奥の小2男子の学校では、先生が馬頭琴がどんなのか見せてくれたり触らせてくれるのだって。小学校教育もなかなか捨てたものじゃない(いや、あの小2男子の物語る力を見せつけられて、小学校の授業ってどうなってるんだと思いました)。「あの音を聴くたびに、こころが癒されるんやって」。小2男子の横顔をねっころがったまま眺めたら、まつ毛が長くて、びっくりして、「そのまつげ、マッチ棒乗るに。みれいさんも乗るんやに」といったら、マッチ棒がいまいちよく分かっていない様子だった。起き上がるころには、ずっと痛かった背中の痛みがまったくなくなっていて驚いた。

2016年1月29日

雑感

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大きくなっている声が真実とは限らない。ちいさな声のなかにこそ、眠っている、光る、真実もある。あたらしい時代はそこここではじまっていて、その陽光による混乱が、今そこここにある。旧い考え、旧い体制、旧いありかた、旧いわたし。旧いなにかと終ってしまったなにかにしがみついて、「離れまい」とする叫び声が、そこここで響き渡る。そして叫び声の存在が、あたらしい時代がはじまっている事実を際立たせる。どんな混乱のあとも、時が経ってみれば、純粋なものと必然だけが残る。否、この瞬間も、本当は、何が純粋か、はっきりとわかっている。勇気を出して視線を向けさえすれば。わたしたちの中にある闇も、ひとたび鏡にうつって認識すれば、たちまち溶解する。ただ、目を向けるだけで――。時代は、想像しているよりも、あたらしくなりつつあり、そのスピードは加速している。あわてようが、あきらめようが、あたらしい扉は次々と音を立てて開いている。長いけれど引用させてください。

 

「自分が被害者になることを教えられた人というのは、加害者に出会うものです。だからといって、加害者がこれをいいわけにするわけにはいきません。加害者というのは自分が非常にパワーのない人間だと思っています。そのために他の人を支配することによって、自分のパワーを感じたいと思っているのです。でも人間は、これらをクリアにすることができます。(中略)

被害者と加害者は、お互いをひきつけ合っています。

加害者というのは、被害者の被害者なのです。

そして、被害者というのは、ある意味では加害者なのです。

被害者は、自分で加害者の弱みをつくようなバイブレーションを出して加害者をひきつけています。そして加害者にこういいます。『私はここにいるよ。ここにエサがあるよ。どうぞ私を攻撃してください』と。(中略)

加害者は、自分はパワーを持っているということを最も信じていない人です。

加害者は、どうすることもできないという寂しさを感じる人達です。でも、そういう感情を感じたくないわけです。そのために、自分よりももっとパワーを持っていそうだと信じる人を攻撃するわけです。そして、自分が攻撃した人よりも自分のほうがパワーがあるんだということを感じたいわけです。

本当は心の中では、沈みそうだ、死にそうだと思っている人達が加害者なのです。

加害者はひとりぼっちでいたくないのです。

自分達と同じように一緒に引きずり込んでいきたい人達なのです。

本当に自分のパワーを信じている人達は、この考えを誰にも押しつける必要がありません。自分の中にパワーがあるということを信じている人、そしてまた自分の欲しいものを得るために外界を支配したり、操作する必要がないと思っている人達は、加害者になる必要がありません。

このような考え方を、あなた方の社会に教え始める時、加害者はいなくなります。そして被害者もいなくなります。まったくいなくなります」

『バシャール②』(ダリル・アンカ|関野直行 VOICE=刊)より抜粋

 

 

2016年1月18日

2016年になって

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2016年ってこんな感じかなーと、手帖やダイアリーを制作する身としては、半年前から2016年にコミットしていたのだけれど、思っていたのと、ちょっと違っていた。思っていたより、もっとハイパーで、はっきりくっきりしているかも! すごい! なにもかもあかるみにでる。なにもかもはやい。すごいといえば、年末年始、宇宙人の本を読み過ぎたせいか、最近、夢もすごい。夢に登場する人物が、本当に、今、ここに、いる、という感じで、起きたあともその人の気配がするほどだ。これは何? ディテールもいきいきとしていて、あっちが本当でこっちが夢みたいな気すらしてくる。わるい気はしない。次元はあちこちで開かれ、もっと行き来ができるようになるのかもしれない(すでに行き来をしているのかもしれない)。そうして人間のうちに眠る神性のひみつが、もっともっとあきらかになるかもしれない。そんなあたらしい時代には、あまりにシンプルだけれど、たのしく、うつくしく、おもしろく、のんきに生きることが、キーなのかなと感じている。シンプルさを信じる態度こそ、あたらしい、というか。

2015年12月31日

あたらしい年

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ここ数年、もう時間の感覚がぐちゃぐちゃで、はやいんだかおそいんだか、よくわからなくなっています。でも、この感じって、いよいよ時間の幻想から目が覚めそうってことなのかしら? それとも肉体的に年をとったってこと? ま、どっちでもいいや。今年をふりかえるのも、これからのことをゆっくり考えるのも、まだ少し先になりそうですが(なにも終っていなくて旧正月をお正月とする気まんまん)、まあなんだかすごい変化の年でした。内面的にも。あいもかわらず、「こうだよね」っていう予定調和的なことを、シンプルにいえば、今を超えていきたいナと思っています。というわけで、ということではないけれど、年末年始は宇宙と宇宙人の本を読みまくります! 贅沢! みずからを更新していくことは、愛のいとなみですね。ちいさな革命をいつも。2016年も、どうぞすばらしい1年になりますように。追伸 マーマーなフェスでお花を担当してくださった横山さちこさんのお花たちが切手になっています! 郵便局でぜひゲットしてネ(興奮) peace of I  みなさまに愛と尊敬をこめて みれいより

2015年12月3日

とうとうしゃべるようになってきた

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とうとう人間のことばをしゃべるようになってきたのは、あたり(猫)である。前からたいへんおしゃべりな猫ではあったが、ここ数週間のおしゃべりには目を見張るものがある。「ごはん」というから 、「えー、さっきあげたじゃん。もうほしいの? 食べたばかりでごはんごはんというのってちょっといやしくないですか?」と返せば、「いや、ごはん。ごはんちょうだい」という。「いやー、食べ過ぎですよ、いくら秋だといったとて」「ごはん」「でも、アンタ、このチキンだってサ、残してるじゃない?」「にぼし」「えっ、にぼし食べたいの」「にぼし」「あのサ、猫だからお魚好きなのわかるけど、にぼしって塩分けっこう高めらしいよ」「にぼしにぼしにぼし〜!」「えー、しかたないな。少しだけだよ」(にぼしを数本あげる)「はふっ! うれしい! ちょっちゃんあんがと〜♪」。なぜ、あたりがわたしのことをちょっちゃん、と呼ぶのかはなぞだけれど、髪の毛を頭上でひとくくりにしているのをそう呼ぶのかなと思っている。ちょんちょろりんの略なのである。

2015年10月29日

つばめは踊る

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田舎にきて、何がこころの栄養になるかといったら徐々に移ろう自然の景色である。毎日毎日微妙に変わる山の色。うすい緑、深い緑、黄金に変わる田の風景。編集部の軒下に巣をつくったつばめ(吉岡さん夫妻)と子らの成長を見るのもそうだった。日々、ごくわずかに変化する、うつろいのみごとさよ! 吉岡さんは、2度、子育てをし、2回目は3人の子をうんだ。あーちゃん、いーちゃん、うーちゃんと名をつけた。毎日3人の子の顔を見た。みるみる大きくなった3人の子と吉岡さん夫妻は、ある日、巣にいなくなった。初夏、とうとう、巣立ちの日はきたのだ。たまたまきていた海・ソーヤー君と、巣立ったね〜と巣をみあげた。その日の夕方のことだ。わたしはひとり窓辺に足を運んだ。声がする! 向かいの電線に、5羽のつばめはいた。吉岡さん夫妻、あーちゃん、いーちゃん、うーちゃんなのである。こちらを見て座っている。うっとりとながめていたら、突如、一羽、一羽、それはきれいにカーブを描いて、わたしの前をゆったりと飛んだのである! こころの中でワルツが流れる。うつくしく5羽が、わたしの前で旋回する。何度も何度も舞うのである。わたしはありったけの感謝の気持ちをテレパシーでからだじゅうから送った。5羽と交流があった。つばめたちと一体となって恍惚とした気持ちが全身を襲った。

2015年8月7日

わたしは岐阜をしらない

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わたしの両親はふたりとも岐阜出身で、ちいさいころから全国各地どこへ転勤をしたとて、家の中では堂々と岐阜弁がうち響いていた。そのせいでわたしも、外では広島弁なのに、家の中では岐阜弁(正式にはわたしが話しているのは美濃弁らしい)を話すような、言語に関してはなかなか器用な子どもでした◎わたしは岐阜で育っていない。この春美濃に帰郷し、春にひとりで、岐阜の街を何回かにわけてぶらぶら歩いた。日本生まれだが日本で育ったことのない日系ブラジル人2世なる人物が日本に戻って暮らしはじめた、のを、8倍くらいに薄めると今のわたしになるのか。右も左もわからない街に暮らすことじたい、25年ぶりのことで、ただただふしぎな感じがする。血は岐阜なのに、わたしは岐阜を知らない。人と人との距離感、話す内容の密度、長さ、何をたいせつに生きるか、暮らすか、喫茶店の文化、出汁の香り、色濃く残る家父長制度、湿度、水、空気、なにもかもがあたらしい。都度かいまみる岐阜の香りに目を見開き続けている。すべてがおとなしく、しかし激しくもある。地味なようだが派手でもある。目立たぬようで鋭くもある。きまじめな風情なのに笑いもある◎長良橋をひとり渡れば、亡くなったばかりの母の思い出と対峙することとなり、目に涙をいっぱい溜めて、一歩一歩の歩みの震動が、頬に涙をこぼれさせる。母のいない岐阜で、まったくあたらしい岐阜と岐阜で生きた母に思いを馳せている。「しらない」からはじまる岐阜をわたしは今、からだいっぱい味わっている。