2013年9月20日
「せっちゃん!」とさけんだら、何でも、せっちゃんも、乗っていた車がまちがえて、その場(わたしたちの目の前)に降りたらしい。で、そのあと靴のリースをするのだけれど、それがまたわたしといっしょにいた福太郎さんが行きたい場所で、じゃあ、一緒に行こうということになる。さらにそのリースというのは、わたしがその直前まで取材を受けていた媒体と同じで、「えー」なんていっているうちに、リースは終わり、でも、何の予定もないわたしたちは、あいかわらず、どうしたらいいかわからない。夕食も何を食べたらいいか、せっちゃんに質問するしまつ(ひどい)。「せっちゃんはこれからどうするの?」と聞いたら、「2つめのリース先へ行く」という。「仕事てつだうからさ、荷物もつからさ、ついていっていい?」ときいたらこころよくいいよといってくださって、わたしたちはにわか、轟木節子アシスタントになり(イエーイ)、2件目のリースについていったのだった。それが、表参道にあるかぐれだったのでR。いやいやいやいや、ふしぎな話はこれから。この「かぐれ」に、なんと、そのとき、わたしたちがいちばんしりたかった情報をもっている人たちが、その情報先の打ち合わせをしているところで! 打ち合わせをしていたのは、かぐれのあっちゃん、けんくん、ブックピックかわかみさんで! そこで何もかもがわかるという、ほんとうにふしぎな体験をしたのだった(つづく)
2013年9月12日
涼しくなってから最高に気持ちがよいというのに(夜なんかとくに、ね)、からだがほっとしたのか、どうにもこうにも調子が出ない。手帖の脱稿とb&sの校了を経て、まあ、気が抜けたといえばそれまでなのだけれど、かれこれ1週間だか10日だか、自分自身がとにかくぱっとしない。冷えとりでいえば、夏の冷えの毒出し中なのだと思うし、こころのほうがぱっとしないのだって毒出しで、ただ粛々と、毒を出していくだけなのだけれど、昨日の朝、突然、少し晴れたような感じがあった。それでも夕方我が社の定時17時に仕事をおえて、外に出てもなんだかエンジンもかからんし、何をどうしたいという欲望もない、夕食に何を食べたいかも決まらない、なんて、ぶらぶら青山をあるいていたら、目の前に現れたのが、スタイリストのせっちゃんこと轟木節子さんだった(つづく)
2013年9月6日
清潔でいたい
不潔でもいたい
高潔でありたい
あばずれでもいたい
恵みをもたらしたい
たまには恵んでももらいたい
本を読みたい
本を書く側にもまわりたい
音楽を聴きたい
音楽のない世界にもいたい
健康法を試したい
いかなる健康法ともかかわらず そのまま死んでもいってみたい
ひとりの人を愛したい
大勢の人だって愛したい
でも 愛だの許しだの考えず
ただ森の奥にそっとひそんで
木と鳥だけを相手に思索にふけってみたい夜もある
2013年8月28日
© Fukutaro Hattori
8/30(金)朝日カルチャーセンター新宿校 自由な自分になるレッスン2回(満員御礼)◎9/14(土)16時〜みれいの部屋 in 吉祥寺トークショーとサイン会@吉祥寺パルコブックセンター(受付はこれからです)◎9/20(金)朝日カルチャーセンター新宿校 自由な自分になるレッスン3回(満員御礼)◎9/26(木)『あたらしい自分になる手帖2014』(アスペクト)『マーマーマガジン 別冊body&soul 冷えとりとファッション』(エムエム・ブックス)発売!!(2冊とも、とてもよいできです!どうぞどうぞおたのしみに!)◎9/28(土)、29(日)urban research doors TINY GARDEN FESTIVAL @無印良品嬬恋キャンプ場 ワークショップ、ポエトリーリーディングを予定しています(受付はこれからです)◎10/3(木)19時30分〜『あたらしい自分になる手帖2014』(アスペクト)サイン会@青山ブックセンター本店(受付はこれからです)◎そのほか、10月以降に、マーマーマガジン主催でスペシャルゲストの講演会のほか、名古屋、横浜などで、トークショウ、お話会、ポエトリーリーディングなどが行われる予定です。年内に、ライブもできたらと思っていますが、どうかな◎詳細決定したらまた掲載します!
2013年8月22日
このページをはじめてもう何週間も経つのに、ぜんぜん、更新ができない。実は写真のアップに困っていて、まわりの人が撮ってくれた写真でお茶を濁しているのだけれど、このページをデザインしてくださった斎藤寿大さん曰く、「すごく月並みな話ですが、服部さんが気軽に撮った写真を見たいなと思います」。むー。そりゃそうだ。あれはかれこれ6年前。『murmur magazine』の創刊準備号をつくっていたときも当時のAD峯崎ノリテルさんが、「服部さん、写真撮ってください」といってくださって、本来ならば、マーマーにもっと編集者が撮影した写真が掲載されるハズだった。でも載ってない。なぜ? はい。撮っていないからです。今回、峯崎さんが勧めてくださったGRを数年ぶりに取り出してみたけれど、なんだか写真機がもったりした波動になっており、どうにもこうにもノってこない。ということでこの写真は、20歳代後半に肺結核になっていた頃撮影したもの。母は、「結核のこと口外しないでッ」と、昔の人みたいに止めるけれど、菜穂子@風立ちぬもカミングアウトしているよ。って、そうそう、「どうだっていいや」という心境になったって最新号のマーマーで書いたのだけれど、いってみたら、あれもまた肺と大腸に対応するこころの冷え=強欲の反転バージョンなのかも。福岡正信さんも、「この世にはなにもない」と悟った朝は、急性肺炎の直後であった。つまるところ、からだ=思考の癖の世界に生きているってことかしら。あたらしいカメラ、今週中には、入手します。
2013年8月7日
先日、ある人から、本当にみれいさんはいろいろな健康法を試されますよね、というようなことをいわれて、どう返答したらよいか困った、ということがあった。編集者という職業を続けてきたせいか、「7」という誕生数のせいか、はたまた、肺と大腸が悪い者の性(さが)、強欲というやつのせいなのか。若いころから、たとえばファッションひとつとっても、「この路線が好き」と定まらない。ギャルソンひと筋とか、リネン大好き、みたいな自分にはならない(服って特に、ひとつの路線ができあがる人と、ふらふらと気の多い人とにわかれると思う。そう思いませんか?)。というわけで、このホームページは、そんな、自分のちがうめん=文体を見てみたいという欲求からはじまった。だって、流転しているのですもの。わたしだって、自然のいちぶなんですもの。あたらしい筋肉だってつけてもみたい。わたしは、あたらしいものが好き。実験、新鮮さ、躍動、変わっていくこと、が好きなのだ。写真は、今から約20年前のわたし。まるで昨日のことみたいだし、320年くらい前のことのようでもある。
2013年7月31日
© Ittetsu Matsuoka
文章を書いていく中で、何でもいいけれど、こう、厳しいひとこととか、ちょっと誰かや何かを批判しているような内容なんかが入ると、目がはっと覚めるようで、しかも、書いている人が一瞬正統化されるようでもあるし(指摘が鋭ければ鋭いほど)、またいってみたら、「あれはどうなの」「これはいかがなものか」などと、大勢の人の前でいうっていうのは、さぞかしすっきりすることであろうし、ええ、ええ、やってみたいです、でも、わたしは、できるかぎりやらないように決めている。批判めいたことをぴしゃりと入れたが最後、「これまで」の世の中にあった、ある種の文章たちと同じになってしまう。それらしく、見えるのだけれど、ネ。肯定だけで書くのはむずかしいのだ。って、この文章だって結局同じじゃん、っていわれたらそうかもしれないけれど。いずれにせよ、わたしは文章を書くとき、そのことに、こころを砕いて、とても注意をしている。あまりに地味なとりくみではあるのだけれど、わたしは、そういう方向でのあたらしいことに挑戦をしたいと考えている。